栗田読書倶楽部Web通信

2010年(平成22年)06月07日

最新号    ◆栗田読書倶楽部とは?    ◆過去の記事一覧    ◆ホーム

− 特  集 −
会社で働く、ということ
なんで小説のなかでまで会社のことを考えにゃならんのだ! というご意見はごもっともですが、ホラ、ちょうど新入社員が入って3ヶ月。会社で働くことについて、いろいろ考えたりする時期でもあるはず。そんな人たちの助けになる・・・かどうかはともかくとして、いろんな意味で「会社」で頑張ったりする作品を集めてみました。
 ●『空飛ぶタイヤ』(池井戸潤 実業之日本社)

詳細はこちら
 個人経営の運送会社、赤松運送のトレーラーが起こした人身事故――当初、自社の整備不良を疑っていた経営者の赤松徳郎だったが、点検項目は規定よりもむしろ厳しいもので、ディーラーであるホープ自動車の分析結果にどうしても納得できないものを感じていた。もしかしたら、ホープ自動車のトレーラーには、構造的な欠陥があるのではないか・・・?
 かたや月々の資金繰りにも苦労する零細企業、かたや財閥グループにつらなる一大企業。圧倒的な立場的不利と逆境に打ちのめされながら、なお大企業のリコール隠しを証明するために奔走する赤松の姿は、ただ感動するだけでなく、社員の未来を背負う会社の経営者としてのあるべき姿――誠実であることや、物事の真実をあきらかにするという、人としてあたり前のことの重要性を教えてくれる。
 ●『カイシャデイズ』(山本幸久 文藝春秋)

詳細はこちら
 「ココスペース」――社員数四十七名、店舗や商業施設などのリニューアル工事を請け負う内装会社。本書はそんな中小会社の社員の仕事ぶりを書いた連作短編集だが、何よりその社員たちのひとクセもふたクセもある個性が抜群に面白い。
 取ってもいない契約をでっち上げて売上見込額を上乗せしたり、頼まれてもないのに勝手に備品を購入したりと、やってることはサラリーマンとしてはかなりメチャクチャなのだが、その一方で「カユいところに手が届く」仕事ぶりを発揮したりする彼らは、「働く」という意識以前のところで会社になじんでしまっているところがある。
 会社で働くということについて、「会社人間」といった枠でくくられないその人間性が際立つ会社小説だ。
 ●『君たちに明日はない』(垣根涼介 新潮社)

詳細はこちら
 「日本ヒューマンリアクト(株)」は、企業の人事に代わってリストラ要員となった社員に早期退社をうながすのが業務内容。つまりクビ切りのスペシャリストなのだが、こんなことも仕事として成立してしまうということに、まずは驚いてしまう。
 ある意味非常にエグい仕事であり、また人から恨まれることも多い仕事にもかかわらず、読後の感想はその内容に反して非常に爽やか。その理由として、彼が面接するリストラ候補社員たちが、文字どおり今の会社にいてもさまざまな理由でその人自身のためにならないからであり、彼の仕事がその「説得」という側面を担っているからに他ならない。
 会社で働くということと、人としての成長がうまく融合した、これもまたまぎれもない「会社小説」である。
− 仕事と人との関係 −
 人間、働かないと生きていけない。それはそうだけど、でもただ生きるために働くというのも、あまりに味気ない。人生の目的といった大袈裟なものではなくとも、そうしたことをふと考えてしまうことは誰にでもあるし、だからこそ小説のなかにおいても、働く場のひとつである会社について取り上げているものは多い。
『夢見る黄金地球儀』
(海堂尊 東京創元社)
 「チーム・バチスタ」で一躍有名になった海堂尊が、本格的なミステリーを意識して書いたと言われている『夢見る黄金地球儀』。その意図が成功しているかどうかはともかくとして、主役である平介が勤めている家族経営の町工場は、じつは彼の父親がものすごい技術をもっていて、「こんなこともあろうかと」的に便利グッズが登場したりする。半分趣味のように仕事をするその姿は、なんだか羨ましくなってくるから不思議だ。
 原宏一の『姥捨てバス』は、そのタイトルからもわかるように、かなり皮肉のきいた作品。脱サラして白バス(無認可で営業している白ナンバーの観光バス)をはじめたものの、深刻な経営難をかかえた主人公たちが、起死回生の秘策として企画した「姥捨てツアー」。これが予想外の大ヒットとなるのだが、そもそもなぜお年寄りたちがこんなひどいツアーに集うのかがこの作品の大きなキモとなっている。
『姥捨てバス』
(原宏一 角川書店)
『骨ん中』
(荒木源 小学館)
 最後に紹介する荒木源の『骨ん中』は、ある中堅ゼネコン会社の倒産という出来事から、その経営者である川戸英太郎の人物像に迫るという形式で書かれた作品。いっぽうで「岩館のドン」と呼ばれ、政治や行政に大きな影響力をもち、暴力団とのつながりも指摘されていながら、いっぽうでは街の発展のために尽力したという一面ももつ川戸英太郎が、はたしてどのような思いで会社を経営していたのかが読みどころである。

   

◆◆ 天職とはその手で「選びとる」ということ ◆◆


マイクロソフトでは出会えなかった天職
【ジョン・ウッド ランダムハウス講談社】

 せっかく「会社」や「仕事」といったことをテーマにしているのだから、小説だけでなくノンフィクションも紹介したいと思っていたところに、なかなか興味深いタイトルが見つかったので読んでみた。
 この『マイクロソフトでは出会えなかった天職』という本を書いた著者は、マイクロソフトの要職にありながら、34歳のときにそこを辞めて自分で会社を設立したという人物で、それだけであればさほど珍しいことでもないのだが、その仕事内容というのが「世界じゅうの貧しい地域に図書館を建てる」というもの。
 もともとネパール旅行のときに、あたり前のようにあるはずの本がなく、それゆえに貧しい人たちにまともに会社に就職する機会すらあたえられていないという事実をまのあたりにして、それをなんとかして改善したい、という強い情熱に突き動かされるように起業したという経緯があるのだが、ただたんにがむしゃらというわけではなく、マイクロソフト時代に学んだことをしっかりと応用し、もともとは本のない町に本を届けるという小さなことが、ついには「一〇〇〇万人の子供に生涯の教育機会を届けること」というとんでもなく大きな目標をかかげるまでに到っているのだ。しかもその目標すら、けっしてただの夢物語ではない。
 「夢はかならず叶う」とか「世界は変えられる」とかいった言葉に、胡散臭いものしか感じられないような時代において、著者の尽きない情熱ととことんポジティヴの雰囲気、そしてどんな小さなことでもひとつのビジネスとして成立させてしまうある種のたくましさは、きっと読んだ人に何らかの感慨を残すことになるに違いない。