栗田読書倶楽部Web通信

2010年(平成22年)02月01日

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− 特  集 −
今年は国民読書年!
ということですが、2000年の「子ども読書年」の流れを組んでいる以上、やはり子どもたちが本好きになるようなラインナップを考えるべきだろう、という基本姿勢に立ち返り、児童書のオススメを考えてみました。
 ●『穴』(ルイス・サッカー 講談社)

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 空から降ってきたスニーカーを「盗んだ」かどで、荒野の真ん中にある矯正施設にぶちこまれ、来る日も来る日も穴を掘らされるはめになったスタンリー。生まれてこのかた不幸続きのこの少年は、しかしこの施設の所長をはじめ、大人たちが何か重大な秘密を隠していることに気がつくが・・・。
 とにかく先祖代々「ツイてない」うえに、勉強も運動もパッとしないひ弱な少年が、それまでの不幸の累積を一気にひっくり返すような逆転劇を繰り広げることになる本書であるが、その「逆転劇」にいたるまでの、さまざまな偶然の連鎖が素晴らしい。一見すると本筋とは関係のないエピソードや、ちょっとした小物や仲間たちとの関係も含め、あらゆる要素がこの一瞬のためにあったのだ、という清々しさをもたらしてくれる、まさに魔法のような一冊だ。
 ●『カラフル』(森絵都 理論社)

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 死んであの世へ行くはずが、「抽選」に当たったということで、見知らぬ少年の体を借りて人生を「再挑戦」することになった「ぼく」。だが、大量の睡眠薬を服用して自殺した少年小林真の家庭環境はけっして心地よいものではなく、うんざりさせられっぱなしだった・・・。
 思春期の少年少女を書かせたら右に出る者のいない著者のなかでも、とくに珠玉の一冊とも言える本書は、「気づき」の物語でもある。ただでさえ逃げ場が極端に少ない子どもたちは、それだけで自身の境遇を客観視するのが難しいものだが、自殺した少年の境遇をまったく別の人間が生き直すというファンタジーをつうじて、それまで気がつかなかったさまざまなものに気づかされていくという過程が、ストンと心にはまるようなうまさがある。
 命の価値について、あらためて考えさせられる一冊である。
 ●『りかさん』(梨木香歩 偕成社)

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 ようこの祖母が買ってきてくれたのは「リカちゃん人形」ではなく市松人形の「りかさん」だった。はじめはしぶしぶながら人形の世話をしていたようこだったが、そのうち「りかさん」の声が聴こえるようになって・・・。
 「りかさん」の力を借りて垣間見える人形たちの多彩でにぎやかな世界が楽しい本書であるが、それ以上に人形たちが持っている持ち主の溢れんばかりの想いが、このうえなくあたたかみのある視点で書かれている。本書は一種のファンタジーではあるが、それ以上に人と人、その人の想いとの対話の物語としても成立しているところが秀逸だ。
 人形という、人の姿を宿したモノへの愛着と、人の心を思いやることがひとつながりになる作品。
− 奥深い児童書の世界 −
 児童書とは子どもが読む稚拙なもの、という認識がとんでもない誤りであることは、いっぱしの読書家なら常識の範囲内です。子どもだからこそ、嘘やごまかしには敏感なもの。それゆえに、児童書にはときに文学作品顔負けの傑作がたくさん埋もれています。
 リチャード・アダムズの『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』は、災厄に見舞われた故郷を捨て、新天地を求めて放浪するうさぎたちの物語ですが、人間の視点にすればほんの数キロ四方の小さな自然であっても、当のうさぎたちにしてみれば大冒険であるということをきちんと踏まえたうえで、まぎれもない大冒険として描くことに成功している傑作です。機転のきくヘイゼルをはじめ、個性あふれる仲間たちにも注目です。
『ウォーターシップ・ダウンのうさぎたち』
(リチャード・アダムズ 評論社)
『ノック人とツルの森』
(アクセル・ブラウンズ 河出書房新社)
 アクセル・ブラウンズの『ノック人とツルの森』はドイツの作家の本ですが、いわゆる「ゴミ屋敷」の問題を扱っているという意味では、日本でも馴染みのあるテーマだと言えます。物を捨てられない母親から「外は危険がいっぱい」だと教えられて育ったアディーナは、小学校に通うようになって自分と周囲との価値観の相違に思い悩むようになります。いつ自分の家が「ゴミ屋敷」だとバレてしまうのか、というハラハラ感もあって、ついつい読み進めてしまう本です。
 最後にペーター・ヘルトリングの『ヒルベルという子がいた』を。町はずれの施設にいるヒルベルは、しょっちゅう施設を抜け出したりひどい癇癪を起こしたりと問題児だられの施設のなかでもひときわ問題のある子どもだ。じつは生まれるときに頭に負った傷が原因の障害をかかえているのですが、そんな彼の歌声は、多くの人を魅了する力をもっています。自分たちとは違い世界にいる障害児たちとどのように向き合うべきなのか、という深いテーマをあつかった児童書です。
『ヒルベルという子がいた』
(ペーター・ヘルトリング 偕成社)

   

◆◆ 今年は寅年なので・・・ ◆◆


目をさませトラゴロウ

【小沢正:作/井上洋介:絵 理論社】

 今年はトラ年ということで、年賀状のネタにと、昨年末にトラが登場するような本をいろいろと探していたんだが、そんななかでとんでもない児童書を発掘してしまった。
 タイトルは『目をさませトラゴロウ』。文字どおりトラゴロウという名のトラが主人公の本なのだが、なによりその内容がかなりブッ飛んでいる。なにがすごいって、いかにも児童書らしく、トラゴロウをはじめ、いろいろな動物たちが出てきて話をするのだが、そのなかにあたり前のように人間が登場し、トラゴロウと知り合いであるかのように会話をするのだ。

 もちろん、それだけならただの「ほのぼの児童書」というだけなのだが、ふつうに会話していたその人間が、次には猟銃でトラゴロウを撃ち殺そうとする。トラゴロウのほうも負けていない。お腹がすけば動物だろうと人間だろうと丸飲みにしてしまう。そのくせ、エサを捕ることにかんしてどこか怠惰なところがあり、その怠け癖が災いしていろいろなトラブルに巻き込まれてしまう。

 とにかく不条理で、ときに妙に哲学的なテーマが混じっていたり、食べられたはずの人間が、次のお話では普通に生きていたりと、メチャクチャといえばメチャクチャな話なのだが、にもかかわらずどこか惹かれるものがあるのもたしかだ。そしてよくよく考えてみれば、子どもたちというのは、筋がとおるとか整合性とかいった、私たちが知らず知らずのうちに縛られてしまっている常識など、簡単に跳び越えてしまう側面があるよなあ、と妙に納得するものがあった。児童書って、ホント奥が深い。