栗田読書倶楽部Web通信

2009年(平成21年)9月28日

最新号    ◆栗田読書倶楽部とは?    ◆過去の記事一覧    ◆ホーム

− 特  集 −
読書の秋?
いいえ、スポーツの秋です

まさに表題どおり。スポーツ小説を読むことで、あたかも自分もスポーツ選手になったかのような、そんな贅沢な気分を味わおうという企画です。
 ●『DIVE!!』(森絵都著 講談社)

詳細はこちら
 水泳競技のなかでも、おそらくマイナーな部類に入るであろう「飛び込み」を扱った、森絵都作品のなかでも珍しいストレートなスポ根小説であるが、これがまた熱い!
 存続の危機を迎えているミズキダイビングクラブのコーチとしてやってきた麻木夏陽子が、その才能を見出した少年たちとともに、最終的にはオリンピック代表の座を目指して果敢に挑戦していくという本書は、個性的な少年たちの抱える葛藤や、健全なスポーツの世界の裏にある大人たちの打算など、けっして「爽やか」な要素だけではないのだが、そうした悩みや苦悩を乗り越えて、なお前へ進んでいこうとする様子が、まさに青春小説の王道そのものなのだ。
 足が台から離れてから水に飛び込むまでの、わずか1.4秒の空中演技が、このうえなく魅力的に見えてくる爽快なスポーツ小説。
 ●『ファイアボール・ブルース』(桐野夏生著 文藝春秋)

詳細はこちら
 桐野夏生といえば、今では人の心の闇を見据えるような社会派的な作品が多いが、じつはスポーツものの作品も手掛けていたりする。
 女子プロレス+ミステリーという取り合わせの本書は、弱小新興団体に所属する女子プロレスラー火渡抄子と、その付き人でまだ一勝もできない近田のコンビが、火渡と対戦した外人選手の失踪事件の謎を追うというものであるが、なにより火渡抄子の存在が圧倒的だ。ショービジネスとしてのプロレスではなく、あくまで「勝つためのプロレス」にこだわる火渡の孤高さは、一流のスポーツ選手だけがもちえる美しさと強さに満ちている。
 ミステリーとしての謎解きよりも、女子プロレスの厳しい世界を通じて彼女たちが何を思い、どんな成長を遂げるのかに目が離せなくなる一冊。
 ●『19分25秒』(引間徹著 集英社)

詳細はこちら
 競歩という地味な競技をあつかった本書に登場する主人公は、事故で左足を失った競歩選手である。だがこの男、片足が義足なのにそれでもとんでもなく速く歩く。タイトルは、彼が5kmを「歩く」タイムでもある。
 深夜の公園で彼の「歩く」姿をまのあたりにしてから、その殺気じみたエネルギーに惹かれてしまう語り手の視点から書かれる、あくまで自分のために歩くという信念を貫く競歩選手の姿は、ひたむきではあるが、いっぽうで自己中心的で、倒錯してもいる。オリンピックも、世界記録の更新も眼中にない彼が見つめているのは、はたしてどんな光景なのか。
 スポーツという言葉のもつ爽やかさとは、また違ったストイックな世界を垣間見ることができる一冊。
− 本屋大賞とスポーツ小説 −
 ご存じの方はご存じでしょうが、ここ最近の本屋大賞にノミネートされる作品は、けっこうスポーツ系を扱ったものが多かったりします。
 やっぱり青春ものにもつながるスポーツ小説は、万人に通用する要素をもっている、ということでしょうか。
『一瞬の風になれ』
(佐藤多佳子 講談社)
 まずは2007年の大賞を獲得した佐藤多佳子の『一瞬の風になれ』。陸上の短距離を扱ったもので、それぞれ違ったタイプのふたりの高校生スプリンターの成長を書いたものですが、本書で特徴的なのは、あくまでスプリンターとして成長を主体に置いている点。高校生としての生活や恋愛といった、いかにもな青春的要素はうまく排除されていて、そうした部分である種の潔さを感じさせます。
 次は2008年本屋大賞で候補になった近藤史恵の『サクリファイス』。これは自転車ロードレースの世界を書いたもので、日本ではあまりなじみがないものの、世界的にはけっこう有名な競技です。チームを優勝に導くため、あえて「エース」と呼ばれる選手を勝たせる役目を負う「アシスト」の存在が顕著なこの独特のスポーツにおいて、はたして著者がどのような形でミステリーを絡めてくるのかも、読みどころのひとつです。
『サクリファイス』
(近藤史恵 新潮社)
『鹿男あをによし』
(万城目学 幻冬舎)
 最後は『BOX!』(2009年本屋大賞ノミネート)と行きたいところですが、これは以前に紹介したので、ここは万城目学の『鹿男あをによし』で。夏目漱石『坊っちゃん』のオマージュ的作品である本書では、ストーリーのなかで剣道部の対抗戦があるのですが、その展開がスポーツ小説としては王道まっしぐらという感じで、単純に熱くなってしまいます。剣道少女、イイ!
 ちなみに、今年は湊かなえの『告白』が大賞をとりました。けっして後味のいい作品でないだけに、意外といえば意外な受賞だったのですが、こうした毒のある作品もちゃんと選ばれるというところに、今後の本屋大賞の可能性を見た気がします。

   

◆◆ 車椅子バスケットの世界 ◆◆


夢よ、僕より速く走れ

【神保康広 海拓舎】

 いつもは小説の紹介ばかりしているので、ここは趣向を変えて、ノンフィクションの作品も紹介していこうと思う。なんといってもスポーツがテーマですから、現実に活躍した人の話とか、現実のスポーツの世界とかを体感できるのであれば、やはりそれに勝るものはないと思うので。
 で、今回紹介する本書『夢よ、僕より速く走れ』は、車椅子バスケットボールの現役プレーヤー、それも、かつてはアメリカのチームの選手として活躍し、アテネパラリンピックにも出場した経歴をもつ方の書いた本なのですが、車椅子パスケという言葉がもってしまう「障害者のリハビリの一環として行なわれるスポーツ」というイメージを吹き飛ばすだけのパワーとエネルギーに満ち溢れている。
 だって、この本に書かれているのは、バイク事故で下半身不随になった身障者としての神保康広ではなく、車椅子バスケットボールの選手としての神保康広であり、それはまさにスーパープレーヤーとしてこのうえなく輝いている神保康広なのだ。格好悪いはずがない。車椅子パスケとの出会いによって自分への自信を取り戻し、およそやれることは何でもやってやろうとさまざまなことに挑戦し、ついにはアメリカに渡って選手として大成してしまうそのエネルギッシュな生き方は、きっと私たちの心に何かを残してくれるに違いない。
 車椅子バスケットといえば、今では井上雄彦のマンガ『リアル』でその認知が広がった感があるけど、それよりずっと以前に、けっして夢をあきらめないで走り続けたひとりの男がいた(というか、今も挑戦を続けていますよ、この方は)のだということを、ぜひとも知ってほしいと思うんだよ、俺は。