栗田読書倶楽部Web通信

2009年(平成21年)3月5日

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− 特  集 −
海外翻訳小説を全力で応援する
海外翻訳ものの作品の売れ行きが不調だそうですが、海外翻訳ものは世界的にもその価値の認められた作品が翻訳されるだけあって、圧倒的に高レベルで面白いものが多いです。登場人物の名前が覚えられない? なんて躊躇している方にも取っ付きやすい作品を、ここでは取り上げていきます。
 ●『観光』(ラッタウット・ラープチャルーンサップ著 早川書房)

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 「ガイジンと犯罪者と観光客の天国」と呼ばれるタイの現状は、じつは日本以上に極端な格差社会。『観光』はそんなタイの底辺に生きる人たちにスポットを当てた短編集です。
 もうすぐ目が見えなくなる母を連れて、はじめての旅行に繰り出していく表題作の『観光』をはじめ、アメリカ軍人を父に持つハーフの少年と飼っているブタを主人公とする『ガイジン』、カンボジア難民の少女との出会いと別れを描いた『プリシラ』など、いろいろ複雑でけっして裕福とは言えない環境のなかで、深い悲しみにくれながらも、それでも力強く生きていこうとする登場人物たちの姿は、読む人にいろいろ考えさせるものがあります。
 短編としての構成も秀逸で、ごく何気ないシーンのなかに感情的な余韻を残していくところなど、短編ならではの読みごたえもある作品に仕上がっています。
 ●『リンさんの小さな子』(フィリップ・クローデル著 みすず書房)

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 フィリップ・クローデルというと、「死」の雰囲気を匂わせる重苦しいテーマの『灰色の魂』あたりが有名どころですが、本書は異国人どおしの心の交流を描いたもの。
 戦争で家族を失い、唯一生き残った赤ん坊をつれて避難してきた老人のリンさん。まったく寄る辺ない立場にいる彼は、とある公園で同じようにひとりベンチに座っているバルクという男と出会う。異なる国の言葉しか知らないため、お互いに何を言っているのかはわからない。だが、彼もまた何かを失った悲しみにくれていることをリンさんは直感し、その公園でバルクと会うことが日課となっていく。
 言葉は通じなくとも、わかりあえるものはきっとある――物語の裏に隠された数多くの悲惨と死を越えて、なお生きていこうとする命の灯がこのうえなく美しい本書は、感動間違いなしの傑作です。
 ●『香水』(パトリック・ジュースキント著 文藝春秋)

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 2007年3月に「パフューム」という邦題で映画にもなった本書は、生まれつき嗅覚が異常に鋭いグルヌイユという男の数奇な生涯を描いたもの。
 この世にあるあらゆるものを「匂い」で嗅ぎ分ける彼は、やがて香水調合師として才能を開花させる。誰もが彼の生み出す香水に夢中になるが、グルヌイユの美しい処女たちの体臭を保存したいという欲望は抑えがたいものとなり、やがて国中を震撼させる連続殺人へと彼を駆り立てていく……。
 美しい処女のエキスから、究極の香水を生み出すという大それた野望がどういう運命を辿ることになるのか? 物語の展開はもちろん、最後の最後に待っている意想外な結末は見事というほかにない不思議な作品です。
− 新潮社クレストブックス −
 昨年に創刊から10周年を迎えた新潮社クレスト・ブックス。海外の作品のなかでもとりわけ上質なものを、小説に限らず紹介してきたこのレーベルは、読書家のなかでも根強い人気があります。
 私もこのレーベルの本はかなり読み込んできた方ですが、なかでもとくにお気に入りの作品を取り上げていきたいと思います。
『ウォーターランド』
(グレアム・スウィフト)
 まずはグレアム・スウィフトの『ウォーターランド』。ある歴史教師が語り手となって歴史の授業をしているのだが、いつのまにか自身の一族の歴史を語りはじめていくというもので、ごく一部の地域の限られた歴史でしかないにもかかわらず、そこで起きた殺人事件をはじめ、話が本筋からどんどん脱線していくことで、無数の物語の集合体のようなダイナミズムを感じさせる作品です。
 つづいてジョン・マグレガーの『奇跡も語る者がいなければ』は、一種の群像劇です。ある通りに住んでいる人たちの、とある夏の終わりの一日――それは、ごく何気ない日常のひとコマでしかないのだが、本書を読み終えたとき、誰にも気づかれることのなかった「奇跡」の本質を知ることができる、という意味深いものです。
『奇跡も語る者がいなければ』
(ジョン・マグレガー)
『ある秘密』
(フィリップ・グランベール)
 最後はフィリップ・グランベールの『ある秘密』。ともにスポーツマンの両親をもつ語り手の「僕」が、その両親の過去にまつわる「ある秘密」に迫っていくという展開は、ストーリーとしてはそれほど珍しいものではないのですが、その「秘密」へのアプローチの注意深さや、その秘密が語り手にとってどのような意味をもつことになるか、といった要素が巧みで、すっかり物語に引き込まれてしまいます。
 ちなみに、有名どころではジュンパ・ラヒリの『停電の夜に』『その名にちなんで』や、アリステア・マクラウドの短編集なんかも名作揃いなので、もし未読であればこちらのほうもぜひ試してみてください。

   

◆◆ まったく、男って生き物は・・・ ◆◆


フェルマータ

【ニコルソン・ベイカー 白水社】

 昔、テレビの洋画劇場で「超能力学園Z」なる映画が放送されていたのを覚えている。これは、ある科学実験で超能力を手に入れた少年の話なのだが、彼がその念動力(サイコキネシス)で何をしたかというと、ようするに女の子の服を脱がしたり、スカートをめくったりといった、なんとも微笑ましい(?)ことだったりしたことが、とくに印象深いものとして記憶に残っている。やっぱり男の子だもの、そっち方面に興味が向いてしまうのはしょうがないよね。
 で、今回紹介する本書『フェルマータ』、これはなんと「時間を止める」というある意味最強の力をもつ青年の話なのだが、時間を止めて彼のやることが、やっぱりというか、女の子の服を脱がしたり、胸やお尻を触ってみたりといったことだったりするんだな。これが(笑)。
 そんなしょーもないことするより、もっと有意義なことがあるだろう、とか思わなくはないのだが、話が進むにつれて彼の行動はますます偏執的なものになってくるのがなんとも面白い。ひとつ例を挙げると、浜辺で寝そべっている水着の女の子がいて、彼は時間を止めると、その子のそばにタイプライターをもってきて、自作のポルノ小説を書きはじめる。そして書き終えた原稿を袋に詰めて、ちょうど彼女の指がいじっている地面のすぐ下に埋めておく。時間を再び動かした彼は、物影から彼女が地面からその原稿を取り出し、それを読んで興奮するかどうかを眺めて楽しむのだ。
 じつは、そんな彼の行動の裏にひそむこのうえない孤独というものが書かれている作品でもあるのだが、男性の行動のおかしさというか、悲しさというものがことさらユーモラスに書かれている作品なんですよ。とにかくオススメです。