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●『浦島太郎はどこへ行ったのか』(高橋大輔 新潮社)
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♪むかしむかし浦島は〜と誰もが知っているお伽噺の主人公である浦島太郎が実在していた! という仮説を元に検証していく本。と書くと論文みたいで手が出ないかもしれませんが、読むとメッポウおもしろい。伝承・古文書を頼りに現地に赴き、自説を次々に検証していく過程が、一緒に冒険の旅に出ているみたいでツイツイページをめくってしまいます。
話は伝承地である京都を出発点として、韓国・中国はたまた沖縄へと続いていきます。まずは一読あれ。浦島太郎はどこへ行ったのか、はたしてその正体は? はやる気持ちは読めば解決ですよ。(よっちゃん)
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●『そして名探偵は生まれた』(歌野晶午 祥伝社)
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「葉桜の季節に君を想うということ」を読んで以来、すっかり歌野ファンになってしまい、全作品を読みました。
今回紹介する一冊は短編集になります。ネタバレになるので、詳細が書けなくて哀しい・・・。表題作については購入前は、「タイトルからしていよいよ名探偵ものを書き始めたのかぁ? うれしいなぁ」て思っていたのですが、全く違うのです、これが。
さすが歌野! って夜中に叫んでしまいました。
表題作以外の二編も秀逸。もしかしたら、長編よりも短編の方がキレがある作家かもしれません。是非、一読を!(S.T)
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●『ナラタージュ』(島本理生 角川書店)
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読まず嫌いではあるが、流行ものや新人作家の作品は好きではない。
全く読んだことがないわけではないが、大抵は費やした時間に見合う充実感を与えてくれない。やはり大家の作品の方が、安心して読める。新しい作家に挑むのは大きなリスクを感じるし、彼らの文章は大抵、稚拙で未熟だ。
そう思いながらもまた、新しい作家に挑戦しては失敗するのだ。が、島本理生の『ナラタージュ』はよい意味で予想が外れた。まだ二十二歳と若い作家である。そのためか、同世代の大学生たちの恋愛を描いた本作は若者の恥ずかしいほどまっすぐな心理をリアルに表現している。
恋愛に関して情熱と潔癖が矛盾することを悩んだり、相手を思いやる気持ちに反してエゴイスティックな行動をしてしまい、自己嫌悪に陥ったり。登場人物はいつのまにか忘れてしまっていた未成熟で矛盾だらけだった当時の気持ちを蘇らせてくれる。
二十歳前後の登場人物たちの中で一段高いところにいるはずの「葉山先生」が幼稚な精神の持ち主だったり、無駄と思える描写が鼻につかないこともない。さらに言えばエピローグが蛇足に感じないこともないが、それでもこれらの欠点より主人公の盲目的な一途さが表現しきれている点を高く評価したい。
この作家はこれからもっと洗練され、すばらしい作品を発表していくのだろう。しかし、この熱病のような情熱は本作以外ではもう味わえないのかもしれない。(赤唐辛子)
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●『あらしのよるに』(きたむらゆういち 小学館)
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男女間の友情は成立するか否か。酒でも入れば誰しもが一度は熱く語りあったことがあるはずだ。たぶん。
まあ是非は置いといて、こいつはいいやつなんだが彼(女)って感じじゃないなぁ、その方が面倒くさくないし、気楽だしぃ。なんていう異性の友人がいるあなた。もし、ひょんなことからその人と一晩共にすることになったら、どうするか。
このようななすべきか、なさざるべきかのジレンマを刺激してくれるベストセラー児童書が「あらしのよるに」なのだ。互いの正体を知らずに嵐の夜に出会った狼のガブと白山羊のメイ。意気投合した二匹は種を超えて友情を育んでいくが、命を奪う者、奪われる者の宿命は彼らを過酷な運命へと追いやる。
ガブはしばしばメイの耳や尻を「うまそう」と思い、友情と食欲のジレンマに悩まされる。手を出してしまうことが関係の終焉を意味している点が、男女の友情と共通している。衝動の根ざしているものが、性欲か食欲かの違いだけで。
抱いてはいけないから、よけいに抱きたい。食べてはいけないから、なおさらうまそうに思える。タブーを乗り越えるべきか否か懊悩すればするほど、欲望は熱く燃えあがるものである。
こんな汚れた視点で名作を読んでみるのも一興かと。(呑寿安)
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●『チェ・ゲバラの遥かな旅』(戸井十月 集英社)
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週末の夜、埼玉県は浦和の街を歩いてみたことがある人は、一度は浦和レッズのサポーターの集団を見かけたことがあるはずだ。Jリーグの試合後は勝っても負けても彼らは浦和の街へ繰り出し、駅周辺の飲み屋には赤いユニフォームを着た人々で溢れ返る。
この大集団がスタジアムで声を揃えて歌い跳ねるさまは壮観であり、心揺さぶられない者はないだろう。そして彼らが掲げる選手を讃え応援するためのビッグフラッグの中に、意外な、というよりもむしろ無関係な人物を見つけることができる。チェ・ゲバラを。
フィデル・カストロとともに一九五九年のキューバ革命を成功させた、二〇世紀最大のゲリラ戦士である。しかし、サッカーとゲバラが無関係かというと、あながちそうとも言えない。彼はサッカーでは大国のアルゼンチン出身なのだ。そう、キューバ革命の立役者とも言うべきゲバラはキューバ人ではない。
アルゼンチン中産階級の出身で、喘息持ちの医学生(後に医師の資格を取得)だったゲバラは学生運動家的な不平屋に過ぎなかった。だが、学生時代に南米諸国を放浪する中で、大国に搾取されている南米大陸の現状を知り、革命運動に身を投じていくのだった。
ゲバラの短く激しい人生を言葉にするならば。まさに不撓不屈。浦和レッズのサポーターは大げさだが、選手にゲバラの肖像を通してそんなメッセージを伝えているのだろう。
そして、シエラ・マエストラに籠り苦戦苦闘を繰り返した末に、ゲバラ達が奇跡の勝利を手に入れたように、二〇〇六年元旦、浦和レッズも数々の苦難を乗り越えて天皇杯優勝という勝利を手に入れたのだった。歓喜に沸く国立競技場には、チェ・ゲバラのフラッグがいつまでもはためいていた。
ゲバラに興味を持たれた方は、集英社文庫『チェ・ゲバラの遥かな旅』戸井十月著を読んでいただきたい。(赤唐辛子)
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